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Suyeong Folklore Conservation Association
水營野遊
左水営漁坊遊び
水営農庁遊び
 
水營野遊 Home > 水營野遊 > の由来  
  の由来 構成と内容
 
ドルノル厶、ドルノリを漢字で野遊と表現することから名付けられた名称である。

口伝によれば、数百年前に慶尙左道・水軍節度使営が駐屯したとき、水使が陜川(ハプチョン)草溪(チョゲ)栗旨(バンマリ)(現、慶南 陜川郡 徳谷面 栗旨里)の竹広大牌(デグァンデペ)の五広大(オグァンデ)と招いて遊ぶようにしたことから始まったという説と、水営人が栗旨(バンマリ)で観てから始まったという説があるが、その当時の水営野遊の遊び師(ノリクン)は修養地方の生え抜きとして常民や中人階層で一番歌舞にたけている人である。--

この地域で歌舞にたけている人はほとんど生活に余裕があり風流を楽しんだ人々であった。そのように周りから認められた人でなければならない。このことから分かるように、水営野遊は代表的な生え抜きタルノル厶(仮面遊び)と言える。

ドルノル厶である水営野遊は、水営地方の農耕儀礼から自生的に始めて演劇で発達しながら朝鮮後期にトドリ・タルノル厶(渡り者仮面遊び)の影響を受けて現在のような劇のように発展したと思われる。特に水営は海と近接しているため、漁を捕るときに行われる漁労謡とそれに対応する踊りと耕作するときの農謡とともに行われる踊りなどがその基底を形成している。

また生と遊びが相互影響を及ぼしながら生活の中に遊びがあり、遊び文化は生活文化の延長線上で踊りはすなわち生であり生は踊りに繋がれる美的構造を元にし、水営野遊は当時の生活状態を反映したその踊りが彼らの人生に繋がった。

そのため、水営野遊のドッベギ踊りはある特定人の専門的な踊りではない大衆の中に自然発生的に生じた情緒であり、飾り気のない身振りがリズムに乗りながら踊りに昇華されて彼らの生と呼吸をともにして発展した生活舞踊といえる。

このような本能的で人間的な純粋舞踊の形態が遊びとして、もう専門化された水営野遊の中に溶解されて歌舞戯の3大要所に構成された美的構造を形成しながらより土俗的な踊りでその形態を固めるようになった。

したがって水営野遊はドルノル厶とは韓国タルノル厶の独特の一つの始原と位置づけることに注目し、韓国タルノル厶の歴史においてそれによる位相を認めなければなりません。

- 水営野遊 保存会 会長 キム・ソンユル



 
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